「ちょっとくらい我慢しなさい」の罠
私・・・、親から「我慢しなさい!」と言われまくって育ちました。
・我慢できる子は良い子
・我慢できたら褒められる
・我慢できない子は悪い子
・我慢できなかったら怒られる
クソみたい…(涙)
そして、親も親戚も、息子が生まれてからも私の子育てに「我慢させなさい!」と口出しをしてきました。
そんなこんなで、実母とは縁を切ったのですが。。
我慢て、そんなに大事ですか。。
我慢できる人が、そんなに素晴らしい人ですか。。
私は、我慢をしたくなかったですし、我慢をせず「自己中」や「ワガママ」と言われる人を見て、「素敵だなぁ」「羨ましいなぁ」「突き抜けてるなぁ」と思っていました。
で、なぜ「我慢しなさい」とか「我慢が美徳」みたいなクソな考えを実母は持ってしまったんでしょう。。と思ったら、結局、その親(祖母)と学校からの教育であり、祖母も、祖祖母と学校から教育され。。
「教育」って・・・恐ろしい。。と感じたのが十数年前のこと。。
で、よくよく考えたら、「ちょっとくらい我慢しなさい」って、「ちょっと」で済んだ試しがないじゃないですか?
結局、「ちょっと」我慢した結果、「もっと」我慢しないといけなくなって。
「ちょっとくらい」って、とんでもない「罠」だと思うんです。
だから、我慢をしない練習をしました。
・お腹が空いたら食べる
・トイレに行きたくなったらいく
こんな小さな事から始めました。
こう書くと、「いえいえ、普通にそんなもんは我慢しようにもできないでしょう?」と言われるのですが、
お昼休憩の30分前にお腹が空いたら、「お昼まであと30分だし」って我慢していませんか。
「いま食べたら、周りに何か言われるかな。。」って我慢していませんか。
仕事が終わる10分前にトイレに行きたくなっても、「あと10分で終わるし」って、よほど緊急じゃない限り、我慢していませんか。
学校なんて、食べる時間もトイレの時間も決められていて、それ以外の時間にしたければ教師の許可がいるって、「奴隷」みたいじゃない?と思います。
そして、私たちって、「我慢している」ことにすら気付いていなくて、完全に麻痺しています。
それに気づいて、小さな我慢からやめてみた結果、とくにお咎めも何もなく、むしろ「ともえさんが食べるなら、私も食べよ♪」みたいな感じで、「小さな我慢をやめる輪」が広がったりしています^^
「ちょっとくらい」の我慢は、決して「ちょっと」では済みません。
「ちょっと」が「もっと」になって、いずれ「我慢している」ことにすら気付かないほど麻痺します。
こんな事を書いている私も、いまも完全に自由ではありませんが、それでも「自分は我慢をしている」と気付いて、小さな我慢から辞めてみた結果、毎日が信じられないほどラクになりました♪
「ちょっとくらいの我慢」を甘くみないでください。
もっと楽しく自由になれる道を一緒に探しませんか^^
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