移民政策で日本が辿る道?
私がオーストラリアに住んでいたころ、
ポーリン・ハンソンさんという方が、アジアからの移民を受け入れることに猛反対をしていました。
当時、私はその「アジアからの移民」でしたので、あまりいい気分ではなかったのですが。。
いま振り返ると、あの時のポーリン・ハンソンさんの主張は正しかったと感じます。
コロナ騒動の前、現地でキッズシッターをしていた女の子の結婚式に参列するため
16年ぶりにオーストラリアのメルボルンという街を訪れました。
私が知っているメルボルンは、
「ロンドンよりロンドンらしい街」と言われるほど
植民地時代の建物が多く残されており、とても洗練された素敵な街でした。
ですが、16年ぶりに訪れたメルボルンは・・・、
アジア人で溢れかえっており、お店もアジア系のギラギラとした下品とも感じる音や光・看板だらけで、、
「違う街」「文化が壊された」ような感じを受けました。。
私が好きだった洗練されたメルボルンは、都心部では消えてなくなってしまっていました。。
あれほど「いつか戻りたい」と思っていたメルボルンに戻って感じたことは、、
「もう二度と来なくていい。。」でした。。
ですが、都心を離れると、ある程度は「大好きだったメルボルン」を感じることもできたのですが。。
それでも、やはり、「あの時のポーリン・ハンソンさんの主張は、こういうことだったんだ。。」と
ただただ納得をするしかありませんでした。
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オーストラリアが好きで、オーストラリアの文化や伝統を尊重してくれる人はOK。
だけど、そうじゃない移民は危険。
でも、それを見分けるのはとても難しい。
だから、文化の違う移民を大量に受け入れることには、慎重になるべき。
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そう訴えた彼女を「人種差別」だの「白人至上主義者」だのと叩きまくった挙句に
大量の移民を受け入れた結果が・・・、私が見た「あのメルボルン」でした。
今の日本も、まるであの頃のメルボルンのように感じます。
私たちの文化が内側から壊され
安全な日本が消えていくのは・・・悲しい。
だからと言って、私一人がどうこう言っても何もかわらない。
だけど言わずにはいられない。。
そして思う。。
メルボルンも、都会はヤラレてしまっていたけど、田舎の方にいくと昔のままだった。
だったら私も・・・、日本の田舎で日本らしい安全で穏やかな生活をすればいいんじゃないの?と。
私一人がこんな記事を書いたところで、日本を救うことも変えることもできないのは百も承知。
ですが、私一人が自分を守るために行動をすれば、私の未来は変わる。
そして、私のように「自分で自分を守る」という行動に出た人同士が、どこかで何かで繋がっていけば、
メルボルンの田舎町のように、静かで穏やかな生活を維持?創造?できるんじゃないかなと。。
最近やたらと胸騒ぎというか、危機感を煽られるというか、そんな感じがするので
今日は、その気持ちを記事にしてみました。
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